豊鹿嶋神社は東大和市芋窪に鎮座し、茨城・鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)を勧請した社である。鹿島神宮は古来より武道の神として東国の武士階層に篤く崇拝され、その分社は関東・東北一帯に数多く置かれた。豊鹿嶋神社もこの流れをくみ、武蔵野の武士が武運長久と戦勝を祈った社として中世に重視された。芋窪は多摩湖の西方に位置する農村地帯で、里芋の栽培が盛んであったとの伝承から地名がついたとも伝わる。江戸時代に農村が安定すると武士信仰から転じて農業守護神として氏子に親しまれ、開運・五穀豊穣を祈る祭礼が定着した。現在も例大祭には芋窪地区の住民が参集し、鹿島信仰の伝統が守られている。