奈良時代の僧。河内国(現大阪府)の生まれ。法相宗を学び24歳で受戒したのち、各地を遊行しながら民衆への仏法布教に努めた。ため池・溝渠・橋梁・布施屋(福祉施設)など社会インフラの整備を民衆とともに行い、「行基菩薩」と慕われた。当初、朝廷は民衆を組織する行基の活動を警戒し弾圧したが、その社会的影響力はとどまることを知らなかった。聖武天皇の東大寺大仏造立に際しては、民衆からの寄付を集める勧進に携わり、749年に日本で初めて「大僧正」の位を授けられた。81歳で示寂。日本仏教史において民衆と協働した最初の僧として高く評価される。