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PERSON
勝海舟
勝海舟
江戸無血開城
1823-1899 · 享年 76歳
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生涯
文政6年(1823年)、旗本・勝小吉の長男として江戸本所に生まれる。幼名は麟太郎。貧しい下級旗本の家に育ちながら、独学で蘭学と兵学を修めた。
安政2年(1855年)、長崎海軍伝習所に入り、オランダ人教官から航海術を学ぶ。万延元年(1860年)、咸臨丸の艦長として太平洋を横断し、日本人による初の太平洋航海を成し遂げた。この渡米経験が海舟の視野を世界に広げ、以後の開国論の基盤となった。
元治元年(1864年)、軍艦奉行として神戸海軍操練所を設立。ここで坂本龍馬・陸奥宗光ら幕末の志士たちを育てた。海舟は身分や藩の垣根を超えて人材を育てる開明的な姿勢を持ち、敵味方の区別なく才能ある若者を導いた。
慶応4年(1868年)3月、鳥羽・伏見の敗戦後、徳川慶喜から全権を委ねられた海舟は、新政府軍参謀・西郷隆盛との直接交渉に臨んだ。3月13日・14日、高輪の薩摩藩邸で行われた会談で、海舟は江戸城の無血明け渡しを実現させた。100万人の住む江戸を戦火から救ったこの交渉は、日本史上最大の外交的偉業と評される。
明治以降は政府の要職を歴任しながらも、旧幕臣の救済に尽力。枢密院議長なども務めた。明治32年(1899年)1月19日、77歳で没。遺言により洗足池畔に葬られた。傍らには、かつての敵であった西郷隆盛の留魂碑が建つ。
人物像
豪放磊落で機知に富み、身分の上下を問わず人と交わった。坂本龍馬はじめ多くの若者を育てた教育者としての一面も持つ。「江戸っ子」気質で歯に衣着せぬ物言いが特徴だが、その本質は冷静な戦略家であり、交渉者であった。「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」という名言に、その胆力と信念が表れている。
歴史的意義
江戸無血開城という日本史上最大の交渉劇を実現し、100万の民と東京(江戸)の町を救った。敵であった西郷隆盛とは死後も洗足池で並び立ち、武士の時代の終わりと新しい日本の始まりを象徴している。
逸話・エピソード
咸臨丸で太平洋横断
1860年、日本人初の太平洋横断航海を指揮。この経験が後の開国・近代化への確信につながった。
関連する歴史的事件
1853
ペリー来航
1853年(嘉永6年)6月3日、アメリカ合衆国東インド艦隊司令長官・マシュー・ペリーが4隻の蒸気船(黒船)を率いて相模国浦賀(現在の神奈川県横須賀市)に来航し、日本に開国を求めた歴史的事件。幕府は回答を翌年に延期したが、1854年に日米和親条約を締結。下田・函館の開港を認めた。ペリー来航は200年以上続いた鎖国体制を終わらせ、以後の開国・攘夷論争、幕末の動乱、そして明治維新への大きなきっかけとなった。黒船は蒸気で動く砲艦という「技術の差」を日本人に突きつけ、日本近代化の原点となった。
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ゆかりの地 — 7
増上寺
東京都
慶応4年(1868年)3月、勝海舟は増上寺の近く・高輪の薩摩藩邸で西郷隆盛と会談し、江戸無血開城を実現した。会談に臨む海舟は「もし交渉が決裂すれば江戸を焼き払う」覚悟だったとされるが、西郷の英断により最悪の事態は回避された。増上寺は徳川家の菩提寺であり、この地で幕府の終焉が決まったことは歴史の皮肉でもある。
能勢妙見山
兵庫県
勝海舟は父・勝小吉から妙見大菩薩への信仰を受け継ぎ、咸臨丸太平洋横断(1860年)や江戸無血開城(1868年)の前にも妙見への祈願を行ったと伝わる。能勢妙見山は勝家三代にわたる信仰の本山として崇敬され、東京の能勢妙見山別院も同じ信仰圏に属する。海舟の波乱万丈の生涯を支えた精神的支柱として妙見信仰は重要な意味を持っていた。
西光寺
東京都
慶応4年(1868年)3月、高輪大木戸のすぐ近くにあった薩摩藩邸で、勝海舟と西郷隆盛の歴史的な会談が行われた。江戸の南の玄関口であるこの場所で、江戸を戦火から救う交渉が行われたことは、まさに江戸の命運がこの門で決まったことを意味する。
雪ヶ谷八幡神社
東京都
勝海舟は晩年、洗足池のほとりに別邸「洗足軒」を構えて余生を過ごした。池を愛し「天下の勝景」と称えた海舟は、明治32年(1899年)に77歳で没。遺言により洗足池畔に葬られ、後に敵であった西郷隆盛の留魂碑も傍らに建てられた。かつての敵同士が並ぶ姿は、無血開城の精神を象徴している。
榛稲荷神社
東京都
勝海舟の父・勝小吉は子宝に恵まれず能勢妙見山別院の妙見菩薩に熱心に祈願を続けた結果、嫡男・麟太郎(後の海舟)を授かったと伝わる。海舟自身も幼少期から妙見菩薩への信仰を受け継ぎ、万延元年(1860年)の咸臨丸太平洋横断出航前にも妙見菩薩に航海の安全を祈願した。慶応4年(1868年)の江戸無血開城に際しても妙見菩薩に祈ったとされ、勝家三代にわたる妙見信仰は海舟の波乱万丈の生涯を支えた精神的支柱であった。
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─ 完 ─
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