喧嘩大名・天下無双——諸国放浪した猛将が大坂の陣で返り咲く
水野勝成は若い頃に父・忠重と口論の末に家出し、以後全国を放浪して各地の合戦に傭兵・浪人として参加した。この放浪生活で50人以上を手にかけたとも伝わる「喧嘩大名」「天下無双の武者」の異名を持つ。やがて従弟・徳川家康に帰参して重用され、関ヶ原(1600年)では東軍として活躍した。大坂夏の陣(1615年)では道明寺の戦いで後藤基次(又兵衛)と対峙し、真田幸村が奮戦した天王寺口でも奮戦した。晩年は備後福山藩10万石の初代藩主として善政を行い、1651年に85歳の長命を全うした。