太宰府への左遷と「飛梅」の伝説——学問の神が怨霊となった平安の政争
菅原道真は宇多天皇の信任を得て右大臣に昇進したが、901年に藤原時平の讒言によって大宰府(現・福岡県)に左遷された。謹慎の地で「東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と詠み、903年に59歳で没した。その後、都では天変地異・疫病・権力者の変死が相次ぎ、道真の怨霊の仕業とされた。道真は北野天満宮に「天神」として祀られ、学問の神として現代も受験生に厚く信仰される。「飛梅」(道真を慕って京都から大宰府まで梅の木が飛んできたという伝説)は太宰府天満宮の御神木として現存する。