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北野天満宮
北野天満宮
京都府
創建
947
種別
神社
アクセス
京都市バス北野天満宮前すぐ
京都府京都市上京区馬喰町
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基本情報
神社
創建 947
1079年目
御祭神・御本尊
菅原道真公
ご利益
学問成就
芸能・技芸上達
受験合格・学業成就・論文執筆・書道上達。天神信仰(菅原道真公)ゆかりの天満宮に多い。
御祭神「菅原道真公」のご神徳に由来

お祭り・行事
2

2月
25
北野天満宮 梅花祭
菅原道真公の命日である2月25日に行われる梅花祭。約1500本の梅が咲き誇る境内で上七軒の芸舞妓によるお茶席が設けられ、美しい和の空間が広がる。梅の花と芸妓の舞が織りなす京都の雅な光景。
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概要
全国約12,000社の天満宮・天神社の総本社で、学問・書道の神として崇められる菅原道真公(845〜903年)を祀る。政敵の讒言によって大宰府に左遷された道真の霊を鎮めるため、天暦元年(947年)に神託に従って創建された。本殿をはじめとする社殿群は豊臣秀頼が慶長12年(1607年)に再建した桃山建築の精華で、国宝に指定されている。豪壮華麗な彫刻と装飾金具は桃山文化の最高水準を示す。道真が愛した梅は約50種1,500本が境内に植えられ、2月から3月にかけての梅花祭の季節には全国屈指の梅の名所として多くの人々が訪れる。天正15年(1587年)には豊臣秀吉が「北野大茶湯」を催し、千利休も参加した空前絶後の茶会で秀吉の権勢を示した。毎月25日(道真の誕生日・命日)には「天神市」が開かれ、古道具・骨董・食べ物の露店が立ち並ぶ賑やかな縁日となる。受験シーズンには学業成就を祈る参拝者が全国から押し寄せる、…
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由緒
天暦元年(947年)、菅原道真の怨霊を鎮めるために創建。道真は延喜元年(901年)に大宰府に左遷され、没後に京で雷や疫病が相次ぎ天神(雷神)として神格化された。天正15年(1587年)豊臣秀吉が境内で北野大茶湯を開催。現本殿は慶長12年(1607年)豊臣秀頼の造営で国宝。

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菅原道真とのつながり
延喜元年(901年)、右大臣であった菅原道真は藤原時平の讒言により大宰府に左遷された。道真は出発に際し「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」と詠み、この和歌は天神信仰の象徴となった。延喜3年(903年)に配所で没した後、京では落雷や疫病が相次ぎ、道真の怨霊の祟りとされた。天暦元年(947年)、多治比文子らの託宣により北野の地に道真の霊を祀り創建されたのが北野天満宮である。
源頼光とのつながり
平安時代中期の武将・源頼光は、大江山の酒呑童子退治に赴く前に北野天満宮に参拝し、鬼退治の成功を祈願したと伝えられる。頼光は渡辺綱・坂田金時ら「頼光四天王」を率いて大江山に向かい、酒呑童子を見事に討ち果たした。この武勇伝は「大江山の鬼退治」として後世に語り継がれ、北野天満宮は武神への祈願の場としても崇敬を集めた。
豊臣秀吉とのつながり
天正15年(1587年)10月1日、秀吉は「身分を問わず茶を嗜む者はすべて参れ」と天下に触れを出し、北野天満宮の境内で「北野大茶湯」を催した。千利休も参加したこの空前絶後の茶会には約800張の茶席が設けられ、秀吉の天下人としての威勢と茶の湯への情熱を天下に示した。

ゆかりの人物
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