山城国(一説に近江国)の出身で、油売り商人の子として生まれたとも、法蓮房という僧侶だったとも伝えられる(近年の研究では、下剋上は道三とその父・長井新左衛門尉の二代にわたって行われたとする説が有力)。長井規秀を名乗って美濃国の土岐頼武・頼芸父子に仕え、その力を利用して美濃国の実権を徐々に奪い取った。1542年に土岐頼芸を追放して美濃国主となり、斎藤利政(道三)を称した。1548年には織田信秀と対立していた際に、信秀の長男・信長(当時15歳)に娘・帰蝶(濃姫)を嫁がせ、後に信長と会見してその非凡な才能を見抜いた逸話は有名である。晩年は実子・義龍と対立し、1556年の長良川の戦いで義龍の軍勢に敗れて討ち取られた。享年63歳(一説に62歳)。