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PERSON
斎藤道三
斎藤道三
美濃国主・マムシの道三
1494-1556 · 享年 62歳
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生涯
山城国(一説に近江国)の出身で、油売り商人の子として生まれたとも、法蓮房という僧侶だったとも伝えられる(近年の研究では、下剋上は道三とその父・長井新左衛門尉の二代にわたって行われたとする説が有力)。長井規秀を名乗って美濃国の土岐頼武・頼芸父子に仕え、その力を利用して美濃国の実権を徐々に奪い取った。1542年に土岐頼芸を追放して美濃国主となり、斎藤利政(道三)を称した。1548年には織田信秀と対立していた際に、信秀の長男・信長(当時15歳)に娘・帰蝶(濃姫)を嫁がせ、後に信長と会見してその非凡な才能を見抜いた逸話は有名である。晩年は実子・義龍と対立し、1556年の長良川の戦いで義龍の軍勢に敗れて討ち取られた。享年63歳(一説に62歳)。
人物像
策謀に長け、冷酷かつ大胆な行動力を持つ下剋上の体現者。「マムシの道三」の異名が示す通り、一度咬んだ獲物は離さない執念と毒のある戦略思考を持っていた。一方で織田信長の才能を即座に見抜くほどの人物眼と、文化的素養も持ち合わせていた。自らの死を予期したかのような遺書を残したことでも知られる。
歴史的意義
信長の正室・帰蝶(濃姫)の父として、織田信長との接点を通じて戦国時代の転換点に間接的に関与した。また下剋上の典型例として、実力のある者が身分を超えて成り上がれる戦国時代の精神を体現した存在として語り継がれる。岐阜県の常在寺や長良川河畔には道三ゆかりの地が残る。
逸話・エピソード
斎藤道三と「蝮の道三」——下克上の極致と信長との縁組
斎藤道三は油売りの商人から出発して美濃(岐阜県)の守護代を滅ぼし、大名に成り上がった「下克上の権化」として知られる。娘・帰蝶を織田信長に嫁がせて縁組を結び、信長の才能を高く評価した(「公方様はよいかたになった」)。しかし息子・義龍との対立で敗れ、1556年の長良川の戦いで討ち死にした。その波乱万丈の生涯は戦国乱世の象徴として語り継がれる。
ゆかりの地 — 3
岐阜城
岐阜県
斎藤道三はこの稲葉山城を本拠として美濃国を掌握した「美濃の蝮」。城を大規模に整備し、娘の帰蝶(濃姫)を信長に嫁がせた。道三と信長は城下の正徳寺で会見し、後継者としての信長を高く評価したと伝わる。
伊奈波神社
岐阜県
斎藤道三も伊奈波神社を美濃支配の守護神として崇敬し、修造に関わったとされる。美濃の実権を握った道三にとって、格式ある国三宮への崇敬は美濃統治の権威を示すものだった。
常在寺
岐阜県
斎藤道三は常在寺を深く帰依し、手厚く保護した。寺には道三と子・義龍の肖像画が重要文化財として現存し、下剋上で美濃を掌握した「美濃の蝮」の面影を今に伝える。道三没後も義龍が寺を庇護し続けた。
─ 完 ─
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