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「日本人になった西洋人」——小泉八雲の帰化と名前の由来
1896年、ラフカディオ・ハーンは日本に帰化し「小泉八雲」と改名した。「八雲」の名は古事記のスサノオの歌「八雲立つ出雲……」から取られ、松江(出雲)への愛着を表す。英語で書き続けながら日本の内側から世界を見た「最初の日本人的西洋人」の物語を解説する。
深く読み解く一冊
目次
MOKUJI
なぜ帰化したのか
「八雲」という名前の由来
帰化後の活動
ゆかりの地を訪ねよう
よくある質問
小泉八雲——1896年に帰化し日本人となった作家。日本の内側から世界を見た「最初の日本人的西洋人」
Wikimedia Commons / Public Domain
「私はもはや西洋人ではない」——このように感じた外国人が、日本の法律上も「日本人」になった例は歴史上まれです。
ラフカディオ・ハーンは1896年に日本国籍を取得し、**小泉八雲(こいずみやくも)**と改名しました。
なぜ帰化したのか
帰化の動機は実務的な理由と、精神的な理由がありました。
実務的理由:妻・小泉セツとの婚姻を法的に保護し、子どもたちに日本国籍を与えるためでした。当時の日本では外国人が日本人女性と正式に結婚するには様々な制約がありました。
精神的理由:八雲自身が「自分はもはや西洋ではなく日本を故郷と感じている」という意識を持っていたことも重要です。
厳島神社——スサノオゆかりの出雲・山陰の霊的な風土は、八雲が帰化を決意するほど深く心に刻まれた
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
「八雲」という名前の由来
「八雲」は偶然に選ばれた名前ではありません。
古事記の最初の和歌とされるスサノオの歌から取られています。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
この歌は「雲が幾重にも立ち上る出雲の地に、妻を囲む八重の垣根を作る」という意味で、スサノオが妻のために詠んだ歌とされています。
「八雲」は「八重に立つ雲」——つまり「雲が幾重にも重なる」という意味です。出雲(松江)への深い愛着を込めた名前でした。
「小泉」姓の選択
「小泉」は妻・セツの旧姓です。日本では帰化の際に日本人の妻の姓を名乗ることが自然でした。
帰化後の活動
帰化後も八雲は英語で執筆を続けました。東京帝国大学の英文学教授として教壇に立ちながら、日本について英語で世界に発信し続けました。
しかしその眼差しは、完全に「日本の内側から世界を見る」ものに変わっていました。
厳島神社全景——八雲の名前「八雲」は古事記のスサノオの歌から。出雲の神話的な雰囲気が八雲を日本に引き留めた
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
1904年、心臓病のため54歳で亡くなりました。同年に「怪談」が刊行されています。
ゆかりの地を訪ねよう
松江市の小泉八雲旧居では、八雲が松江で暮らした時代の空間を体験できます。
小泉八雲のゆかりの地一覧でほかのスポットも確認してください。
よくある質問
帰化後も外見は「外国人」のままでは困らなかったの?
当時の日本でも外見が違う「日本人」は目立ちましたが、八雲は精神的な意味で「日本人である」という自覚を持ち、周囲もそれを尊重していたとされます。
八雲の子孫は今もいるの?
はい。長男・一雄の子孫が現在も存命で、八雲の著作の管理や関連活動を続けています。
最終更新日:2026年6月3日
── 了 ──
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ゆかりの地を訪ねる
記事で読んだ歴史は、現地に立つとさらに深く実感できます。下のスポットや巡礼コースから、次の参拝先を選んでみませんか。
1. 小泉八雲旧居
小泉八雲が「知られぬ日本の面影」を執筆した武家屋敷、国指定史跡
一 期 一 会
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