香取神宮の歴史は古く、その創建は神武天皇の御代にまで遡るとされる。千葉県香取市に鎮座する香取神宮は下総国一之宮であり、国宝の本殿・重要文化財の社殿群を誇る格式の高い神社である。
『日本書紀』には、武甕槌命と経津主命が大国主命を説得した場面が詳述されている。武甕槌命が力で建御名方命を圧倒した一方、経津主命は外交的な説得を担ったとも解釈される。「武」と「智」の二神が補い合うことで国譲りが成立した、という物語構造が香取・鹿島の両神宮を「一対の守護神」として崇める信仰に直結している。
香取神宮は古代の「道の神」でもあった。香取の地は霞ヶ浦・利根川の水運の要衝であり、経津主命は水路・陸路の旅人を守る神としても機能した。この交通守護の性格が、近世以降に「交通安全の神」として全国に勧請が広がった一因である。
武家社会においては、源頼朝が鎌倉幕府樹立の際に香取神宮への祈願を行ったことが史料に残る。その後も多くの武将が香取・鹿島を「武神の聖地」として崇敬し、江戸時代には徳川家も社殿の修築に尽力した。
藤原氏の氏神社である春日大社は、鹿島の武甕槌命と香取の経津主命の両神を奈良に勧請して創建された。このことにより、香取の神は京都・奈良の貴族社会にも深く根付き、全国規模の信仰圏の形成に寄与した。