武甕槌命は、鹿島神宮(常陸国)に主祭神として鎮座するほか、奈良の春日大社にも勧請(かんじょう、神霊を別の場所に移して祀ること)されています。また、香取神宮には武甕槌命と対をなす**経津主命(ふつぬしのみこと)**が祀られており、この二柱は武神の双璧として古代から東国を守護してきました。
常陸国一宮・東国最大の武神の社、奥宮参道は御神木の杉木立
下総国一宮・鹿島と対をなす武神、利根川の水運を守護
鹿島神宮は、常陸国(ひたちのくに、現在の茨城県)の一宮(いちのみや、その国で最も格式の高い神社)として、創建は神武天皇元年と伝わる東国最古の大社の一つです。
本殿・拝殿の後方には「奥宮(おくのみや)」が深い森の中に鎮座し、樹齢数百年に及ぶ御神木の杉並木が参道を覆います。鹿島神宮奥宮までの参道は、静寂に身を置くと俗世の喧騒が遠のき、武甕槌命の気配が濃く感じられる場所です。
境内には、石上神宮(いそのかみじんぐう)と並ぶ「刀剣の神」ゆかりの遺物も伝わります。また、要石(かなめいし)と呼ばれる、地震を起こす大鯰を押さえるとされる霊石は、地中に巨大な根を張ると伝承され、掘り出そうとしても夜のうちに元に戻るという不思議な話が伝わります。
香取神宮の祭神・経津主命(ふつぬしのみこと)は、剣の振動(フツ)に霊力が宿るとされる刀剣の神です。 武甕槌命とともに「天の両剣」として国譲り神話で活躍し、古代から東国の軍神として鹿島神宮と相対するように祀られてきました。
鹿島と香取は直線距離で約10キロメートル。利根川を挟む位置関係にあり、水運で栄えた江戸時代には「鹿香詣で(かかもうで)」として両社を続けて参拝する習慣が広まりました。武道の修行者は鹿島神宮で武の心を学び、香取神宮で剣の技を奉納するという祈りが込められています。
春日大社に武甕槌命が祀られたのは、奈良時代に藤原氏が鹿島神宮から神霊を奈良へ勧請したことに始まります(768年)。 藤原氏は摂関政治を担う貴族の頂点として、武甕槌命の武威と交渉力を氏神の加護として必要としたのでしょう。以来、春日大社は武士の守護神としても広く崇敬を集めます。
四神を一堂に祀る本殿は、世界遺産(古都奈良の文化財)に登録されており、朱塗りの社殿が奈良の深い杜の中に荘厳に佇んでいます。藤原氏ゆかりの第一社として、また武道の守護として、現代にも武道家・武将子孫・スポーツ選手が多く参拝します。