慶長13年(1608年)、竹田庄九郎らが東海道の沿道に集落を開いたことに始まる。当初から東海道を行き交う旅人に向けた絞り染め製品の販売を主な生業とし、以後「有松絞り」は尾張藩の保護を受けて発展した。江戸時代を通じて他の地域における絞り染め業が制限されるなか、有松はその独占的生産地として栄え、宿場町としての機能とともに商業集落として成長した。幕末から明治期にかけては、全国への行商網が確立され、産業規模がさらに拡大した。しかし明治42年(1909年)の大火により町並みの一部が焼失し、その後再建された漆喰壁・虫籠窓を特徴とする商家建築群が現在の景観の骨格を形成している。昭和から平成にかけて歴史的景観…