琵琶湖東岸、旧安土山南麓の丘陵に築かれた前方後円墳で、全長134メートルは滋賀県内最大の規模を誇る。後円部径78メートル・高さ13メートル、前方部幅62メートル・高さ7メートルで、古墳時代前期の4世紀中頃の築造と推定される最古級の大型古墳でもある。1935〜36年の発掘調査で後円部から竪穴式石室3基、前方部から箱式石棺2基の計5つの埋葬施設が検出され、中国製の夔鳳鏡や国産の二神龍虎鏡、鉄剣・鉄鏃、革綴短甲、農工具など多数の副葬品が出土した。被葬者は在地豪族の狭狭城山君(沙沙貴山君)の首長、あるいはヤマト王権が派遣した人物とする説がある。1957年に国史跡に指定され、複製品は隣接する滋賀県立安土城考古博物館「近江風土記の丘」で公開されている。