建武2年(1335年)頃、近江守護・六角氏が繖山(きぬがさやま、標高432m)に築城を開始したとされる。室町時代を通じて整備が進められ、山頂部から山腹にかけて数百の郭を連ねる畿内最大規模の山城へと発展した。15世紀から16世紀にかけての最盛期には、城下町も形成され近江支配の政治的・軍事的拠点として機能した。六角氏は応仁の乱以降も近江南部に一定の勢力を保ったが、戦国期には織田氏・浅井氏ら周辺勢力との抗争が続いた。永禄11年(1568年)、足利義昭を奉じて上洛途上にあった織田信長が侵攻すると、城主・六角義賢(承禎)は戦わずして城を放棄し逃走した。これにより観音寺城は廃城となり、後に信長が築いた安土…