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大宝寺
神奈川県
創建
1399
種別
寺院
アクセス
神奈川県鎌倉市大町3-6-22
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基本情報
寺院
創建 1399
627年目
開基・創建者
佐竹義盛(1399年多福寺として/伝)/一乗院日出上人(1444年日蓮宗大宝寺として)
概要
大宝寺(だいほうじ)は鎌倉市大町の比企谷にほど近い静かな住宅街に佇む日蓮宗の寺院で、山号を多福山、寺号を一乗院大宝寺と号します。境内地は源頼朝の御家人・佐竹秀義以降、佐竹氏代々の鎌倉屋敷「佐竹屋敷」があった場所として知られ、境内には「佐竹屋敷跡」の石碑が立ちます。 創建には二説あり、一つは応永六年(1399年)、常陸国の有力守護大名・佐竹義盛が若くして出家し一族の霊を弔うために多福寺を建立したとする説。もう一つは文安元年(1444年)、身延山久遠寺第十一世の一乗院日出上人が鎌倉巡錫の折にこの地を得て日蓮宗に改め、現在の大宝寺としたとする説です。いずれにせよ、佐竹氏の守護神「多福明神」を境内に祀り続ける点で、源氏一門・新羅三郎源義光にまで遡る古い由緒を今に伝えています。 境内社の多福稲荷(大多福稲荷大明神)は、永保三年(1083年)の後三年の役で新羅三郎源義光が信仰する多福明神の加護によ…
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由緒
大宝寺の境内地は、平安後期以来、源氏一門の佐竹氏と深い縁を持つ場所です。永保三年(1083年)、後三年の役に参戦した新羅三郎源義光(源義家の弟、甲斐源氏・常陸源氏の祖)は、平素信仰していた多福明神の加護によって戦勝を得たとして、鎌倉比企谷近くのこの地に多福明神を勧請したと伝わります。これが境内社・多福稲荷の起源です。 源頼朝の鎌倉入府後、義光の系譜を継ぐ佐竹秀義はいったん頼朝と対立しましたが、後に帰参を許され、この地に鎌倉屋敷を構えました。以後、佐竹氏は常陸国を本拠としながら、この「佐竹屋敷」を鎌倉における拠点として使用し続けました。 応永六年(1399年)、常陸国の守護大名・佐竹第十一代…
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源頼朝とのつながり
源頼朝は鎌倉入府後、源氏一門の佐竹氏を当初は危険視し常陸で討伐を企てましたが、最終的に佐竹秀義の帰参を許しました。この大宝寺境内に残る「佐竹屋敷跡」は、頼朝政権下で御家人として鎌倉に屋敷を構えた佐竹氏の拠点そのもの。源氏一門でありながら頼朝と緊張関係にあった佐竹氏の微妙な立ち位置を、今に伝える史跡です。

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