鎌倉市大町に位置する日蓮宗の小さな寺院で、「ぼたもち寺」の通称で広く親しまれている。文永8年(1271年)9月12日、龍ノ口の刑場へ引き立てられる日蓮聖人を見送った桟敷の尼(さじきのあま、印東祐信の妻)が、尼の屋敷の前を通る日蓮にとっさに胡麻をまぶしたぼたもちを捧げたという故事に由来する。日蓮はその後龍ノ口で奇跡的に刑を免れて生還し、桟敷尼の供養が「ぼたもち供養」として後世に伝わった。慶長11年(1606年)、桟敷尼の屋敷跡に日祐尼(妙常日栄)が日詔上人を開山として庵を建てたのが寺の起源で、寺号「常栄」は妙常日栄尼の法名に由来する。本尊は三宝祖師。毎年9月12日には日蓮を偲ぶ「ぼた餅供養」が行われ、参詣者にぼたもちが振舞われる。鎌倉駅東口から徒歩約7分、妙本寺・八雲神社・安養院など大町日蓮ゆかり寺社巡りの拠点。
常栄寺の起源は、文永8年(1271年)9月12日の龍ノ口法難にさかのぼる。日蓮は鎌倉幕府により処刑のため龍ノ口の刑場に引き立てられたが、その途上、印東祐信の妻・桟敷尼が屋敷の前で胡麻をまぶしたぼたもちを差し上げたと伝わる。日蓮は龍ノ口で奇跡的に刑を免れて佐渡へ流罪となり、桟敷尼のぼたもち供養は門弟の間で代々語り継がれた。安土桃山から江戸初期にかけて桟敷尼の屋敷跡には小庵が結ばれ、慶長11年(1606年)に日祐尼(後の妙常日栄)が日詔上人を開山として正式に寺院化した。寺号「常栄寺」は妙常日栄尼の法名に由来する。江戸時代を通じて妙本寺の塔頭または末寺として法灯を維持し、龍ノ口法難の故事を伝える霊場…