大念寺は、良忍上人(1072〜1132年)が鳥羽上皇の時代に大阪・平野の大念仏寺を本山として開いた融通念佛宗の寺院である。融通念佛宗は「一人の念仏がすべての人に融通される」という独自の教義を掲げる日本発祥の宗派で、平安時代末期から鎌倉時代にかけて京・大坂・堺を中心に広まった。良忍は鳥羽上皇から「融通念仏縁起」を描いた絵巻を賜り、念仏の功徳が相互に融通される教えを視覚的に広めた。江戸時代には幕府の寺請制度のもとで末寺として公認され、堺市北区中村町の住民の葬祭・先祖供養を担いながら法灯を守り続けてきた。