浄土真宗は室町時代後期、蓮如上人(1415〜1499)による精力的な布教活動によって摂津国を含む近畿一帯に広まった。江戸時代の1602年(慶長7年)、徳川家康の調停により本願寺は東西に分立し、東本願寺(大谷派)と西本願寺(本願寺派)の二流となった。円照寺は東本願寺を本山とする大谷派の末寺として守口の地に根を張り、大久保町の人々の菩提寺として代々機能してきた。守口は江戸期には大坂から京都への「京街道」の最初の宿場町として栄え、往来する旅人や商人とともに仏教信仰も深められた。明治の廃仏毀釈を経てもなお、地域の葬儀・法要の場として命脈を保ち今日に至る。