藤岡市に位置する天台宗の古刹で、藤岡の歴史と共に歩んできた名刹。
本尊の薬師如来は藤岡の守り仏として長く崇敬されてきた。
境内には藤岡十二薬師の一つに数えられる薬師堂があり、医薬の仏として信仰を集める。
藤岡は中山道の脇往還沿いに発達した町で、旅人の安全祈願の場でもあった。
境内の大銀杏は秋に黄金色に輝き、藤岡の秋の風物詩として市民に親しまれる。
毎年の薬師縁日(8日)には門前に露店が並び、地域の交流の場となっている。
本堂は明治時代の再建で、天台宗の伝統的な建築様式を保持している。
藤岡の古墳群に近く、古代から信仰の地であったことをうかがわせる立地。
近年は健康祈願の参拝者が増え、薬師如来信仰の再評価が進んでいる。
藤岡の歴史と人々の健康への願いを見守り続ける、地域に根ざした古刹である。
奈良時代に聖武天皇の勅願により東国の平安を祈る寺院として創建されたと伝わる。
平安時代には天台宗の寺院として確立され、上野国の有力寺院の一つとなった。
鎌倉時代には藤岡地域の武士団の帰依を受け、伽藍が拡大した。
室町時代には関東管領・上杉氏の庇護を受け、寺格が向上した。
戦国時代には上杉・武田・北条の三者の争いに巻き込まれ、一時衰退した。
江戸時代に入り再興され、藤岡の宿場町の発展と共に寺勢を回復した。
享保年間には薬師堂が建立され、藤岡十二薬師の一つとして信仰を集めた。
幕末には藤岡の有志が尊攘運動に関わり、寺院も時代の変革に立ち会った。
明治時代に本堂が再建され、現在の姿となった。
現在は…