神亀元年(724年)、僧・行基が足立山中腹に北辰妙見大菩薩(天之御中主神)を祀ったことが創建の始まりと伝わる。平安時代以降、北極星を神格化した妙見信仰は方位・航海の守護として武士階層に広く受容され、北九州における妙見信仰の総本山として確固たる地位を占めた。中世には豊前・筑前を支配した武将たちの崇敬を集め、社殿の造営・修復が繰り返されたとされる。近世に入ると小倉藩主・細川氏および小笠原氏からも篤い保護を受け、藩政期を通じて地域の総鎮守としての役割を担った。明治の神仏分離令により「妙見宮」として社号を整え、近代以降も北九州市民の信仰を集め続けた。現在は初詣参拝者数が北九州市内最大規模を誇り、方位除…