JR久留米駅からバス20分
福岡県久留米市御井町1
Google Map で開く ↗
筑後国一之宮として古代から連綿と崇敬を集める名社。仁徳天皇代の創建と伝わり、主祭神の高良玉垂命は武運・長寿・縁結びのご利益で知られる。海抜312mの高良山山頂に鎮座し、九州最大規模の壮麗な社殿は国の重要文化財に指定されている。山頂からは雄大な筑後平野と有明海を一望でき、その景観は絶景として名高い。本殿・拝殿・廻廊などの建築群は江戸時代初期の造営で、境内全体が歴史的な威容を誇る。久留米を代表する信仰の総本山。
仁徳天皇の御代55年(367年頃)に高良玉垂命が高良山に降臨し創建されたと伝わる古社で、筑後国一之宮として古代より篤い崇敬を集めてきた。主祭神・高良玉垂命の神格については諸説あるが、武運・長寿・縁結びの神として広く信仰された。延喜式神名帳には「筑後国三井郡 高良玉垂命神社 名神大」として記載され、筑後国における最高格式の神社として位置づけられた。奈良・平安時代には朝廷からも重視され、筑後国における宗教的・政治的中枢としての地位を確立したとされる。中世には武家の崇敬も厚く、大友氏・龍造寺氏など北部九州の有力大名が社領を寄進し保護したと伝わる。蒙古襲来(1274年・1281年)の際には、九州各地の…
有馬忠頼(1603-1655)は久留米藩第2代藩主で、寛文元年(1661年)から現存する高良大社の本殿・幣殿・拝殿(いずれも国重要文化財)の造営を発願した。その造営は息子の有馬頼利の代に継続され、九州最大規模の壮麗な社殿群が完成した。久留米藩主有馬氏代々の崇敬により、近世の高良大社は筑後一国の総鎮守としての格式を確立した。
社伝によれば、第16代仁徳天皇55年(367年頃)に高良玉垂命が高良山に降臨し、この時に当社が創建されたと伝わる。仁徳天皇は朝廷の財政再建で知られる古墳時代の天皇で、九州における朝廷祭祀の整備に関わったとされる。当社は仁徳朝以来の筑後国総鎮守として、九州における最古級の神社の一つに位置づけられる。
関連
宗像大社
九州を代表する古社の一つで、筑前国一宮。当社(筑後国一宮)と並ぶ北部九州の宗教中核。
末寺・分社
高良山奥宮
高良山奥院の磐座(いわくら)と社殿。古代の磐座信仰の名残を伝える聖地。
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能