延文元年(1356)以前から磯部村の鎮守として八幡大神を祀っていたとされ、鎌倉から来た山伏・祐圓(延文2年没)が佛像院磯幡山神宮寺を開創した際に村鎮守として八幡宮を定めたと伝わる。江戸時代は修験道の護摩焚きや火渡り荒行で広く知られ、多くの参詣者を集めた。享保18年(1733)には別当・磯幡山神宮寺20世快省法印が社殿を再建し、毎年角力(相撲)興行も行われた。明治6年(1873)に村社に指定され、昭和10年(1935)には新磯村の指定村社となった。境内には推定樹齢約500年の銀杏が立ち、江戸初期製作の木造不動明王坐像(相模原市指定重要文化財)を安置する護摩堂も現存する。