「相模風土記」に旧新戸村の鎮守として「村持」と記され、創建年は不詳。この地には徳川家康に仕えた関東総奉行・内藤清成の陣屋が置かれ、新戸・磯部・当麻・大島などを支配した。清成が失脚した後の元禄年間(1688〜1704年)に陣屋は廃絶し、神社はその跡地に建立または再興されたと推測される。享保8年(1723年)の棟札が現存し、当時は「白山大権現」と称されていた。白山信仰は石川県の白山比咩神社を本社とし、菊理比売命を主祭神とする全国的な信仰圏の一端を担う。境内周辺には「陣屋小路」「陣屋稲荷」の地名・旧跡が残り、往時の陣屋の記憶を今に伝えている。