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徳島県
Toku
白地城跡
徳島県
徳島県三好郡東みよし町に残る戦国時代の山城跡
種別
城
アクセス
JR阿波池田駅から車約15分
徳島県三好郡東みよし町
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基本情報
城
概要
徳島県三好郡東みよし町に残る戦国時代の山城跡。阿波・讃岐・土佐の三国国境に近い白地盆地の丘陵に立地し、戦国期に重要な軍事拠点となった。長宗我部元親が天正年間(1573〜1592年)に阿波・讃岐への足掛かりとして占拠・整備した。現在は石垣など一部の遺構が残り、東みよし町の史跡となっている。
由緒
南北朝時代から室町時代に阿波の有力豪族・白地氏(阿波礒部氏の一族)が居城とした山城。三好氏の勢力拡大に伴い三好氏の支配下に入った後、天正年間(1573〜1592年)に長宗我部元親が占拠して阿波・讃岐攻略の拠点とした。天正13年(1585年)の豊臣秀吉による四国征伐後は土佐一国に封じられた元親の手を離れ、阿波には蜂須賀家政が入封した。以後廃城。
人
ゆかりの人物
— 1
長宗我部元親
四国の覇者
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白地城は土佐・阿波・讃岐の三国境に近い戦略上の要衝。長宗我部元親は四国統一を目指す過程でこの城を占拠し、阿波・讃岐進出の前線基地とした。元親はここを足掛かりに阿波の三好氏を攻略し(勝瑞城落城、1582年)、さらに讃岐・伊予へと版図を広げていった。四国支配において白地城は重要な中継点となり、元親の戦略的な機動力を支えた。
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