高麗天満宮は室町時代頃に創建されたと伝わる。高麗の地は霊亀2年(716年)に朝廷が高句麗からの渡来人1799人を武蔵国に集め高麗郡を設置して以来、渡来文化が根付いた土地柄であった。学識豊かな渡来人たちの気風と、学問の神・菅原道真公の信仰が自然に結びついてこの地に天満宮が勧請されたとされる。中世から近世にかけて地域住民の学業成就の祈願所として栄え、江戸時代には郷学や寺子屋の普及とともに道真公への信仰が一層深まったと伝わる。明治以降の近代化の中でも地域の学問の神として信仰を保ち、現在も受験シーズンには多くの学生が合格祈願に訪れる。