広峯神社の創建は749年(天平勝宝元年)、遣唐使として知られる吉備真備が播磨国広峯山に牛頭天王を勧請したことに始まると伝わる。平安時代には疫病退散の神として朝廷や貴族の信仰を集め、全国の牛頭天王・素戔嗚尊信仰の総本社的な地位を確立したとされる。中世には播磨・備前・摂津など西国一帯に広域な影響力を持ち、京都の祇園社(八坂神社)との関係においても重要な存在として位置づけられてきた。室町時代には大規模な社殿整備が行われ、現存する本殿・拝殿はこの時代の建築として国の重要文化財に指定されている。戦国期には姫路城主・黒田氏との関わりも伝わり、地域の有力者から篤く庇護された。江戸時代を通じて厄除け・疫病退散…