報恩寺は応永元年(1394年)、南部氏11代・南部信長によって創建された曹洞宗の古刹である。南部氏の菩提寺として歴代藩主の庇護を受け、盛岡藩の精神的支柱の一つとして栄えた。江戸時代中期の正徳3年(1713年)には五百羅漢堂が建立され、京都から招かれた仏師たちが9年の歳月をかけて499体の木造羅漢像を彫り上げた。その豊かな表情と高い彫刻技術から、同堂は後に国指定重要文化財に指定されている。幕末の元治元年(1864年)には、新政府軍に呼応した南部藩士数百人が当寺に結集したとされ、激動の時代における歴史の舞台ともなった。明治以降も寺院としての法灯を守り続け、境内には歌人・石川啄木の詩碑が建てられるな…