市川市八幡に位置する真言宗の古刹で、薬師如来を本尊として地域の医療信仰の中心となってきた。
奈良・平安時代には下総国府が現在の市川市国府台に置かれており、国府の保護を受けた寺院として格式を持つ。
薬師如来は「医王如来」とも呼ばれ、十二大願により衆生の病苦を救済する慈悲の仏である。
本八幡は千葉街道と国府台を結ぶ交通の要衝であり、旅人の病気平癒祈願の場としても機能した。
境内には下総国府時代の礎石と思われる石材が残され、古代の歴史の重みを感じさせる。
江戸時代には市川宿の人々の薬師詣でが盛んで、正月の初薬師には多くの参拝者が訪れた。
真言宗の密教儀礼である護摩焚きが定期的に行われ、厄除けと健康祈願の参拝者が訪れる。
葛飾八幡宮・天満宮と合わせて本八幡の三社寺として地域に親しまれてきた歴史がある。
下総国の中心地として栄えた本八幡の古代・中世の歴史を伝える、文化的に重要な寺院である。
JR本八…
741年(天平13年)、聖武天皇の詔により全国に国分寺・国分尼寺が建立された時代背景のなか、当寺は薬師如来を本尊として創建されたと伝わる。奈良・平安時代には下総国府が現在の市川市国府台に置かれており、国府の庇護を受けた寺院として格式を保ったとされる。中世には下総国の中心地として本八幡一帯が政治・文化の要衝となるなか、薬師信仰の拠点として地域に根付いた。近世、江戸時代には市川宿の整備とともに参拝者が増え、正月の初薬師には近隣の人々が病気平癒・厄除けを祈願して数多く訪れた。真言宗の密教寺院として護摩供が定期的に修されてきた。明治期の廃仏毀釈の影響を受けながらも法灯を守り、近代以降も地域の医療信仰の…