真言宗智山派の古刹で、天平年間(729〜749)に聖武天皇の開基と伝わる。坂上田村麻呂の蝦夷征討祈願や、承平・天慶の乱(935〜941)の際の平将門調伏祈願に用いられたとされ、「障りを息める」意から朝廷より「息障院」の院号を賜ったと伝えられる。応永年間(1394〜1428)に僧・良慶が再興した際、現在地へ移転した。この地は源頼朝の弟・源範頼の居館跡と伝わり、範頼の没後は子孫が五代にわたって居住し、範円以降は吉見氏を称した。境内には館建立時の堀の遺構が残る。後に真言宗の関東総談義所として約300か寺の触頭を務めた。本尊の木造不動明王坐像(像高81.6センチ)は12世紀頃の中央仏師の作とされ、埼玉…