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上田電鉄別所線下之郷駅から徒歩約3分
長野県上田市下之郷中池西701
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長野県上田市に鎮座し、国内随一の神である生島大神・足島大神を祀る延喜式内名神大社。全国唯一の「国内」(くになか)という特別な神格を持ち、大地の生命力と充足の神として古来崇敬される。武田信玄は永禄11年(1568年)に上杉謙信との甲越和睦に際して神前に起請文を奉納したことが有名で、その文書は国宝に指定されている。真田幸村(信繁)もこの神社を崇敬した。島社形式の本社は池の中島に鎮座し、美しい朱橋が参拝者を迎える独特の美しい景観が広がる信州の名社。
生島足島神社の創建は4世紀ごろと伝わり、延喜式(927年)では名神大社に列せられた全国屈指の古社である。祭神は生島大神と足島大神の二柱で、大地の生命力と国土の充足を司る「国内(くになか)の神」として古来より朝廷・武家双方から篤く崇敬された。平安時代には勅使が派遣されたとも伝わる。中世には信濃の豪族・武家の信仰を集め、戦国時代には武田信玄が永禄11年(1568年)、上杉謙信との甲越和睦に際して起請文を神前に奉納。この文書は現在国宝に指定されている。真田氏もまた当社を崇敬し、真田幸村(信繁)との関わりも伝えられる。江戸時代には上田藩主の崇敬を受け、社殿が整備された。明治維新後は近代社格制度のもと県…
永禄11年(1568年)、武田信玄は上杉謙信との甲越和睦に際して、生島足島神社の神前で起請文を誓った。この「生島足島神社起請文」は現在も国宝として社宝に伝わり、信玄の信仰と和睦の誠実さを示す一級の史料である。信玄にとって諏訪の神々とともに信濃最重要の守護神であった。
甲越和睦の際、上杉謙信もこの神社に起請文を奉納したと伝わる。宿敵・信玄との和睦の場として選ばれた生島足島神社は、両軍が等しく崇敬する信濃の中立的な聖地であり、上杉・武田双方の信仰の深さを示す場所。
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