川崎市多摩区枡形の生田緑地北側斜面に所在する**7世紀中頃〜後半(古墳時代終末期)**の大規模横穴墓群で、**32基**の横穴墓が3つの小谷に群集する南関東屈指の横穴墓密集地域の一角。飯室凝灰質シルト岩を刳り抜いて玄室(最大奥行5m・幅3m)と羨道を造成した構造で、江戸後期の**『新編武蔵風土記稿』『江戸名所図会』にも既に記載された**古くから知られる史跡。昭和42年(1967年)の宅地造成に先立つ川崎市教育委員会による発掘調査で本格的な学術調査が行われ、玄室から被葬者の骨・歯に加え**金環・管玉・小玉・銅釧・鉄鏃**などの副葬品が出土した。これらの副葬品から被葬者は古墳時代終末期の地域有力氏族(一族墓)と推定され、武蔵国多摩川流域の古代葬送文化を物語る一級の遺跡として保護されている。生田緑地の自然環境の中に残る古代の墓地景観として、日本民家園・枡形城跡・廣福寺と合わせて多摩区の歴史散策ル…