小金井市本町は玉川上水の用水路網が張り巡らされた武蔵野新田地帯の中心的な地区で、17世紀後半から18世紀にかけて開墾が進んだ。稲穂神社はこの新田開発に際して農民たちが豊穣を祈願するために創建した鎮守であり、「稲穂」という社名そのものが農耕民の祈りを象徴している。江戸時代を通じて農村共同体の精神的支柱として機能し、祭礼時には周辺村々の農民も参集したと伝えられる。明治の近代化を経て本町が都市化されてからも、地域住民はその伝統を守り続け、現在も春秋の祭礼には氏子たちが結集して先人への感謝と豊穣への祈りを捧げている。