東京都中野区中野に鎮座する小社で、中野氷川神社の境外末社。社名は「一本の見事な檜」の伝説に由来する。創建年代は不詳ながら、この地は元禄8年(1695年)に5代将軍徳川綱吉の「生類憐みの令」に基づき設置された中野御囲御用屋敷(通称「中野犬屋敷」)の「五の囲」があった場所で、宝永6年(1709年)の綱吉死去とともに廃止された後、しばらくは将軍家の鷹場となった。享保元年(1716年)に8代将軍徳川吉宗が中野の鷹場を再興してこの地をしばしば訪れた折、境内の一本の見事な檜を見て「見事な檜よ」と絶賛したとの逸話が残り、それが社名「一本檜」の由来と伝わる。境内は中野3丁目・中野駅南側の住宅地にひっそりと鎮座し、江戸幕府の生類憐みの令・鷹狩復興という徳川中期の政策変転の現場を今に伝える稀有な史跡。中野駅南口から徒歩9分。