岩殿山(標高634m)は、花崗岩の険峻な岩壁を擁する天然の要害として古くから知られ、山岳信仰の対象でもあったとされる。中世には甲斐国の有力国人・小山田氏の居城として岩殿城が築かれたと伝わる。戦国時代、小山田氏は武田信玄に臣従し、岩殿城は武田氏の東部防衛拠点として機能した。1582年(天正10年)、織田信長の甲斐侵攻により武田氏が滅亡に瀕すると、武田勝頼は岩殿城への逃れを図ったが、城主・小山田信茂の裏切りにより入城を拒まれ、天目山にて自刃したとされる。江戸時代には城としての機能を失い、山岳信仰の霊場として存続した。明治以降、近代的な公園整備が進められ、桜の植樹が行われたとされる。現在は「岩殿山丸…