一畑電車出雲大社前駅から徒歩7分
島根県出雲市大社町杵築東195
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事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
お祭り・行事
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出雲大社の年間最重要祭事の一つ。天皇の勅使が参向する勅祭。
出雲大社は島根県出雲市に鎮座する、日本最古級の神社のひとつ。主祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)で、縁結び・縁切り・商売繁盛など人と人の縁を司る神として全国から参拝者が絶えない。神話「国譲り」の舞台となった聖地であり、毎年旧暦10月(神在月)には全国八百万の神々が出雲に集まり縁結びの会議「神議り」を行うとされる。本殿は「大社造り」と呼ばれる日本最古の建築様式を今に伝え、国宝に指定されている。本殿の高さは現在24メートルだが、中世には48メートル(あるいは100メートル超)に及ぶ巨大神殿が存在したとの記録があり、今も発掘調査が進む。長さ約13メートル・重さ約5トンの大注連縄は圧倒的な存在感を放つ。伊勢神宮と並ぶ日本最高の聖地として、古来より朝廷・幕府・庶民の篤い信仰を集めてきた。
出雲大社の創建年代は不詳だが、『古事記』『日本書紀』に記された「国譲り」神話に起源を持つとされ、大国主大神を祀る社殿が太古より営まれてきたと伝わる。奈良時代(8世紀)に編纂された『出雲国風土記』には「杵築大社」として記載があり、古代から朝廷の崇敬を受けていた。平安時代には社殿の高さが16丈(約48メートル)に及んだとの記録があり、さらに32丈(約96メートル)とも伝わる巨大神殿の存在が古文書に残る。2000年(平成12年)には境内から鎌倉時代に遡るとみられる巨大な柱根が発掘され、古記録の信憑性が高まった。中世には社家・出雲国造家(千家・北島家)のもとで維持・再建が繰り返された。現存する本殿は1…
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大国主大神は『古事記』『日本書紀』に記される国津神の代表で、葦原中国(地上世界)を統治していた神。天照大神の使者により国譲りを迫られた際、大国主は「我が住所を、天つ神の御子の住み給ふと同様に、底つ岩根に宮柱太く立て、高天原に氷木高く知りて治めまつらば、我は隠り侍らむ」と申し、その対価として壮大な宮殿が建てられた。これが出雲大社の起源とされ、大国主大神は今も主祭神として祀られている。縁結びの神・福の神として全国の信仰を集める。
izumo-no-kuniyatsukoとのつながり
出雲国造(いずものくにのみやつこ)は出雲大社の世襲宮司家で、現在まで続く神職家系の最古のもの。第80代までは天穂日命(あめのほひのみこと)を祖とする一系であったが、南北朝時代に千家家・北島家の二家に分かれた。代替わりの際には熊野大社の鑽火殿で「火継神事」を執り行い、新たな国造は当社で起こした火を持ち帰り職を継承する古式が今も続く。出雲大社の祭祀の中核を担い続けている。
出雲大社の起源は「国譲り神話」にある。大国主大神が天照大神の使者(天孫降臨の前段階)に葦原中国を譲り渡したことへの報償として、壮大な宮殿が建てられたのが出雲大社の始まりとされる。天皇家の祖神・天照大神と縁結びの神・大国主大神の関係は、日本神話の根幹をなし、神武天皇以降の歴代天皇も篤くこの地を崇敬した。
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