創建年代不詳の逗子の総鎮守。御祭神は第十五代・応神天皇(八幡神)で、御父は仲哀天皇、御母は神功皇后。江戸期の地誌『新編相模風土記稿』に「八幡宮、村の鎮守なり、延命寺持」と記され、古くは近隣の延命寺が管理する神仏習合の八幡社であった。明治6年(1873年)に村社に列せられ、昭和28年(1953年)に宗教法人「亀岡八幡宮」として神社本庁に登録された。社名は境内が「高畠」という小字にあり、なだらかな丘が亀の背中に見えることから、鎌倉の「鶴岡八幡宮」に対して「亀岡」と称されたのが由来とされる。現社殿は大正12年(1923年)2月に新築され、同年9月の関東大震災でも辛うじて倒壊を免れた。境内には獅子ではなく亀の姿をした珍しい「狛亀」一対が鎮座し、参拝者の目を引く。JR逗子駅東口から徒歩3分・逗子市役所隣接という好立地に、御神木の古木がそびえる鎮守の杜を保ち、市街地の中の緑のオアシスとなっている。
創建年代は不明だが、相模国の旧村・逗子村の産土神として古くから尊崇されてきた。江戸時代の地誌『新編相模風土記稿』に「八幡宮、村の鎮守なり、延命寺持」と明記されており、境内から東へ約300mに位置する延命寺(高野山真言宗)が別当寺として管理していた神仏習合の八幡社であった。神仏習合期には「八幡大菩薩」として、御祭神・応神天皇を仏教的に習合した信仰も行われた。明治維新後の神仏分離令(1868年)により延命寺との管理関係が解かれ、明治6年(1873年)に村社に列格。以後は逗子村の公式な鎮守社として氏子組織が整備された。現社殿は大正12年(1923年)2月に新築された入母屋造り千鳥破風唐破風付きの拝殿…