観音山古墳は群馬県高崎市に所在し、古墳時代後期を代表する大型前方後円墳のひとつである。全長は約97メートルで、6世紀中頃に築造されたと推定されている。横穴式石室を持ち、発掘調査では金銅装の馬具や武具、銅鋺(どうわん)など豪華な副葬品が出土しており、現在それらは国宝として指定されている。被葬者は上野国を支配した大豪族と考えられており、その権力と富の大きさが副葬品の質から窺える。高崎市周辺には日本三碑(多胡碑・山上碑・金井沢碑)など古代上野国を知る上で重要な石碑が残っており、この地域が古代から高い文化水準を誇っていたことが確認できる。なお、同名の「観音山古墳」が埼玉県熊谷市(旧・大里郡)にも存在するため、「高崎・観音山古墳」として区別される。現在は高崎市の観音塚考古資料館に隣接して保存されており、国宝の副葬品と合わせて見学できる。