創建年代は明らかでないが、建久2年(1191年)の棟札が現存しており、鎌倉時代にはすでに社が存在していたことが確認される。祭神は武甕槌命で、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮を勧請したものとされる。中世以降は地域の鎮守として信仰を集め、近世には高野山真言宗の寺院である真光寺の管掌下に置かれ、神仏習合の形態をとっていた。明治維新後の神仏分離令により真光寺との関係は断たれ、明治6年(1873年)には近代社格制度のもと村社に列せられた。明治41年(1908年)には合祀政策の推進にともない近隣三社を合祀し、上大岡地区の総鎮守としての地位を確立した。以降、地域住民の氏神として現在に至るまで篤い信仰を集めており、丘上…