東尾久地区は荒川区北部に位置し、明治末期まで田畑が広がる農村地帯であったが、大正から昭和にかけて小工場や職人の工房が急増し、活気ある下町へと変貌を遂げた。金相寺はその歴史的変遷のなかで、地域の菩提寺として一貫して人々の信仰を受け止めてきた。江戸時代には付近の村落と檀家制度によって結びつき、冠婚葬祭や年忌供養を担ってきたと考えられる。近代以降は工場労働者や職人家族の精神的な拠りどころとなり、地蔵盆・盆供養などの行事を通じて地域コミュニティの核として機能してきた。現在も東尾久の住宅街に位置し、静かに先代からの信仰を受け継いでいる。