文永11年(1274年)に日蓮宗の寺院「感応寺」として創建され、江戸時代に天台宗に改宗して「天王寺」と改称した谷中の名刹。阿弥陀如来を本尊とし、江戸時代には幕府公認の「富くじ」興行が行われ江戸庶民に広く親しまれた。境内には元禄3年(1690年)に建立された銅造阿弥陀如来坐像(通称・谷中大仏)が現存し、東京都の文化財に指定されている。寛永3年(1626年)建立の重層門型の山門も見どころ。明治に隣接して谷中霊園が整備され、昭和32年(1957年)には五重塔が放火で焼失した。谷中・根津・千駄木(谷根千)散策の要所として多くの観光客が訪れる。