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喰違見附跡
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喰違見附跡
東京都
創建
1636
種別
史跡
アクセス
JR・地下鉄四ツ谷駅から徒歩8分、地下鉄赤坂見附駅から徒歩7分
東京都千代田区紀尾井町
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基本情報
史跡
創建 1636
390年目
概要
江戸時代初期に築造された江戸城外郭の見附の一つで、現在の千代田区紀尾井町の迎賓館赤坂離宮東側、紀尾井町通りと清水谷公園付近に位置する。他の見附が枡形形式の立派な石造門であるのに対し、当地は**土塁を喰違いに配した簡素な土の見附**で、外敵の直進侵入を防ぐ防御施設として機能した江戸城外郭門の典型的一形式。明治7年(1874年)1月14日夜、右大臣・**岩倉具視**(1825-1883年、明治維新の元勲)が当地を通過中に、**征韓論敗北で下野した高知県士族・武市熊吉ら9名による襲撃**を受けた**「喰違の変」**の現場として歴史に名を残す。岩倉は眉と左腰に軽傷を負ったが馬車から転げ落ち**四谷の堀に転落**して難を逃れ、襲撃者9名は1月17日までに全員逮捕、同年7月9日に死刑判決を受けて伝馬町牢屋敷で処刑された。この事件は明治初期の不平士族による高官襲撃事件の先駆けで、**大久保利通暗殺(18…
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由緒
江戸初期築造の江戸城外郭門跡、土塁を喰違いに配した土の見附。1874年1月14日、征韓論敗北で下野した武市熊吉ら9名が岩倉具視を襲撃した「喰違の変」の現場。岩倉は四谷堀に転落し難を逃れ、襲撃者9名は死刑。1956年江戸城外堀跡として国指定史跡。
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