文禄3年(1594年)、徳川家康の譜代家臣で**徳川十六神将**の一人・**服部半蔵正成**(1542-1596年)が開基となって創建した浄土宗寺院で、四ツ谷から徒歩圏の若葉2丁目に所在する。服部半蔵は徳川家康の長男・**松平信康**(1559-1579年)の守役を務めていたが、信康が武田家との内通疑惑をかけられた織田信長の命により天正7年(1579年)に自刃した際、介錯を命じられた半蔵は涙ながらに遂行できず、その後出家入道して「**西念**」と号し、信康の菩提を弔うために安養院に供養塔を建立したのが当寺の起源となった。境内には**松平信康供養塔**と**服部半蔵正成墓**(共に新宿区指定史跡)が並んで現存し、家康が信康自刃を悔いた家族史と、伊賀忍者の頭領として神君伊賀越えを成功させた半蔵の生涯を重ねて偲べる貴重な信康・半蔵ゆかりの地。半蔵の持槍(新宿区登録有形文化財)も寺宝として伝わる。…