正平十七年(1362年)、泉州沼村の村長・沼間将監が病に伏した父の平癒を願い京都の八坂神社に参籠したところ、三日にして霊感を得て帰郷すると父は全快していた。感謝した沼氏は邸内の清域(現在地)に社殿を造営し、八坂神社の御分霊・速須佐之男命を勧請したのが創建の起こりとされる。明徳年間(1390年)から天正年間(1573年)にかけて山名・大内氏らの兵乱に再三巻き込まれ、社殿・旧記・宝物等は悉く焼失した。その後、村民が荒廃を嘆いて文禄三年(1594年)に社殿を復興。天和三年(1683年)には菅原道真公もあわせて祀るようになり「天神宮」と称されるに至った。「沼天神」の通称で地域に親しまれ、岸和田だんじり…