野呂山は弘法大師ゆかりの霊山として古くから知られる。天平2年(730年)頃より山麓で修行する僧の存在が記録されており、空海は四国・中国地方の山岳を廻り求聞持秘法を修行した延暦年間(19歳頃)と、弘仁3年(812年)の2度にわたり野呂山の岩窟に参籠・修行したと伝わる。創建縁起によれば、川尻の漁師たちが毎夜野呂山の山頂から光り輝く火光を目撃し、山に登ったところ弘法大師像と梵鐘の破片を発見。これを岩窟に祀ったのが弘法寺の起源とされる。最古の文献記録は元久年間(1204〜1206年)の弘法大師奉安の記録で、明応年間(1492〜1500年)頃に現在の大師堂(本堂)の前身が建立されたと推定される。文政2年…