天平13年(741年)、聖武天皇は国家鎮護のため諸国に国分寺・国分尼寺の建立を命じ、周防国分寺もその一つとして防府平野の北端に置かれた。天平勝宝8年(756年)までに完成したとみられる。西大寺の末寺として、また中世には大内氏、近世には毛利氏の手厚い保護を受けて法灯を伝え、古代の創建期から現在までほぼ同じ規模で寺域が残る点で、全国の国分寺のなかでも稀な例として注目される。旧境内は国の史跡に指定されている。現在の金堂は安永8年(1779年)に長州藩主毛利重就が再建した二層入母屋造の大堂で、国の重要文化財。堂内には奈良〜江戸期の仏像五十余体が安置され、鎌倉期の再興以後の由緒を伝える「周防国分寺文書」…