天平13年(741年)、聖武天皇の詔により諸国に国分寺・国分尼寺の建立が命じられ、周防国の国分寺として現在地に創建された。奈良時代の創建当初から寺域がほぼそのまま保たれており、全国の国分寺の中でも原初の境内規模を今日に伝える希少な例として知られる。中世には兵火や災害により伽藍の多くが失われたとされるが、周防国を治めた大内氏や毛利氏の庇護のもとで法灯が維持されたと伝わる。近世には安永8年(1779年)、長州藩主・毛利重就によって金堂(本堂)が再建され、現在に至るまでその姿を保つ。この金堂は国の重要文化財に指定されている。明治以降は国の史跡として保護され、境内から出土した瓦や礎石などの遺構が奈良時…