百済寺跡は、7世紀末から8世紀初頭(700年頃)にかけて、百済からの渡来人によって創建されたと伝わる古代寺院の遺跡である。東西155m・南北190mに及ぶ広大な寺域には、南門・中門・塔・金堂・講堂・食堂を備えた本格的な伽藍が配置されており、当時の高度な建築技術と大陸文化の影響を示す。奈良時代を通じて一定の繁栄を誇ったとされるが、平安時代以降は次第に衰退し、中世には廃絶したものとみられる。近世以降は寺院としての機能を失い、長らく土中に埋もれていた。近代以降の発掘調査によって伽藍の全容が明らかとなり、古代における日韓交流を示す重要遺跡として評価が高まった。1953年(昭和28年)に国の特別史跡に指…