桑名の地には古くから集落が形成され、中世には関氏が支配する要地であった。戦国期には織田・豊臣政権下でたびたび城主が交代し、一柳直盛らが城を整備したとされる。慶長6年(1601年)、徳川家康の命により「徳川四天王」の一人・本多忠勝が10万石で入封し、揖斐川・長良川・木曽川の合流点付近に立地する地の利を活かして大規模な近世城郭へと改築した。城は水堀と石垣を巡らせた典型的な水城で、4層6階の天守を中心に多数の櫓・門を備えた壮大な構えであった。しかし元禄14年(1701年)、天守は火災により焼失し、以後再建されることなく、辰巳櫓が天守代用とされた。その後、松平定重ら歴代藩主のもとで城郭は維持されたが、…