七里の渡しの歴史は中世まで遡り、熱田と伊勢国を結ぶ海上交通路として古くから機能していた。慶長6年(1601年)に徳川幕府が東海道を整備した際、宮宿(熱田)と桑名宿を結ぶ約28km(七里)の海上区間として公式の宿駅制度に組み込まれ、東海道唯一の海路となった。陸路を迂回すると多大な時間と労力を要するため、参勤交代の大名行列から伊勢参宮の庶民まで無数の旅人がこの渡しを利用した。桑名側の渡船場には伊勢国の玄関口を示す「伊勢一の鳥居」が建てられ、旅人を迎えた。渡海中は暴風・高波の危険があり、東海道の難所として知られた。江戸時代を通じて桑名宿の経済を支えたが、明治22年(1889年)に関西鉄道(現JR関西…