根岸競馬場の建設は、幕末の横浜開港と居留外国人の存在を背景とする。文久2年(1862年)の生麦事件などで緊張が高まる中、元治元年(1864年)に幕府と英・米・仏・蘭が結んだ横浜居留地覚書に競馬場の建設が明記され、用地は根岸の丘に定められた。イギリス駐屯軍将校らの設計・監督のもと慶応2年(1866年)に完成し、翌1867年1月に最初の競馬が開催された。運営は英国人を中心とする横浜レースクラブが担った。右回り円形コースやスタンドの構造は、以後各地に築かれた競馬場の原型となった。明治期には社交場として賑わい、明治天皇の行幸も明治14年(1881年)以降十数回に及んだとされる。大正12年(1923年)…