大阪市中央区久太郎町に位置する真宗大谷派の別院で、正式名称は「真宗大谷派難波別院」、通称「南御堂(みなみみどう)」。北御堂(本願寺津村別院)と共に大阪の御堂筋の名の由来となった大阪を代表する浄土真宗の寺院。慶長3年(1598年)、本願寺12代・教如(きょうにょ、顕如の長男)が徳川家康の庇護を得て、石山本願寺跡地とは別の津村(現・中央区本町)に大谷派の拠点として開創したのが始まり。慶長16年(1611年)、現在の久太郎町に移転し「南御堂」として本格的に整備された。以来、江戸時代を通じて大坂における真宗大谷派の中心として、船場の商人・庶民の信仰を集めた。明治期には大谷派の別院として「難波別院」の名称が定められ、昭和20年(1945年)の大阪大空襲で全焼したが、戦後の昭和36年(1961年)に鉄筋コンクリート造の現本堂・山門が再建された。松尾芭蕉が元禄7年(1694年)10月12日に大坂・花屋仁…